東京都では腸管出血性大腸菌(EHEC)を原因とした散発的集団発生(Diffuse outbreak)の早期発見および感染源を迅速に特定することを目的として、東京都保菌者検索事業を実施し、菌株の収集と解析を行っている。また、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)に基づく積極的疫学調査の一環として、都内の病院、検査センターおよび保健所等で分離された菌株は保健所を通じて当センターに集められ、同様に解析を行っている。これらの菌株について血清型別試験、毒素産生性試験、薬剤感受性試験およびPulsed-field Gel Electrophoresis(PFGE)法による分子疫学解析を実施した。今回、平成28度および29年度に当センターに検査依頼のあったEHECの発生状況と分離株の特徴について紹介する。
1.平成28年分離株の特徴
当センターに搬入されたEHECは455株であった。また、平成28年のEHEC感染症の発生届出数は452名であり、前年と比較して100名以上増加した。届出数より搬入された菌株の方が多い理由は、1人から複数血清型あるいは複数毒素型が検出された例が含まれるためである。分離株の血清群はO157が最も多く339株(74.5%)、次いでO26が44株(9.7%)、O145が21株(4.6%)、O121が12株(2.6%)、O111が10株(2.2%)等、13種類の血清群に分類された(表1)。
平成28年に都内で発生したEHECによる食中毒事例は4事例(患者数46名)で、このうち高齢者施設で発生した事例について紹介する。
8月の同時期に東京都および千葉県の高齢者施設でO157(VT1+VT2)を原因として発生した食中毒は、東京では喫食者数94名(千葉県125名)、患者数32名(千葉県52名)、死亡者数5名(千葉県5名)であった。当センターに搬入された糞便検体170検体中44検体および検食89検体中1検体からO157が検出された(表2)。O157が検出された食品は「きゅうりのゆかり和え」で、都内には同じ系列の高齢者施設が3か所あったが、そのうち1か所の検食であった。検食から検出されなかった施設では、患者の発生は認められなかった。患者、喫食者および調理従事者由来株と食品由来O157のPFGE型は、バンド1~2本の違いが認められたが、ほぼ同一パターンであった。更に千葉県で分離された患者および食品由来株について菌株を相互に交換し、PFGE法およびMultiple Locus Variable-number Tandem Repeat Analysis(MLVA)法、(千葉県で実施)で解析した結果、パターンが全て一致したことから、本事例由来株は同一クローン由来株であることが確認された(図1)。東京都および千葉県の施設は同じ系列の施設で、共通の食材が提供されていた。
近年、欧米では生野菜を原因としたEHECによる食中毒が多く発生している。我が国でもこれまでに千切りキャベツや冷やしきゅうりを原因とした食中毒が発生しており、今後、野菜を原因とした食中毒が増加する可能性も考えられる。肉類の取り扱いだけでなく、生野菜を食べる際には十分に洗浄・消毒を行うなど、野菜の取り扱いに注意する必要がある。
2. 平成29年分離株の特徴
当センターに搬入されたEHECは443株であった。また、平成29年のEHEC感染症の発生届出数は467名であり、感染症法が施行された1999年以降、2番目に多い年であった。分離・収集されたEHECの血清群はO157が最も多く351株(79.2%)、次いでO26が43株(9.7%)、O111が13株(2.9%)、O91が7株(1.6%)、O103が6株(1.4%)等、11種類の血清群に分類された(表3)。市販の血清に凝集しない血清型別不能株は13株(2.9%)であった。
平成29年の菌株搬入状況をみると、第26週(6月26日~7月2日)までは週に数株程度と、例年より搬入数は少ない状況であったが、その後、徐々に増加し、第33週(8月14日~20日)には61株、第34週には54株と分離株の急増が認められた。搬入される株が急激に多くなったことから集団発生を疑い、菌株の分子疫学解析を実施した。その結果、8月14日~9月3日に搬入されたEHEC 153株のうち99株(64.7%)が同一タイプのO157(VT2産生)であることが確認された(図2)。患者の多くは散発患者として届けられていたが、中には共通の飲食店が疑われた事例や高齢者施設の食事が疑われた事例等が認められた。しかし、関係施設から収去した食品や環境のふき取り材料からO157の検出を試みたが全て陰性、喫食調査等でも共通の食品等は抽出できず、最終的に食中毒と決定するには至らなかった。これら流行株の遺伝子型は、埼玉県・群馬県で発生した惣菜(ポテトサラダ)を原因とした食中毒由来株と同一であったことから、本流行株は東京都内のみならず、関東地方を中心に広範囲に及んでいたことが明らかとなった。本事例はDiffuse outbreakが疑われる事例が発生した際の感染源特定が困難な事例と考えられ、その後、国と自治体で課題に対する具体的な対応について協議されることとなった。
(食品微生物研究科 小西典子)
表1. ヒト由来腸管出血性大腸菌の血清群と毒素型
(平成28年,東京都)
表2. 高齢者施設関連検体からのO157検出状況
* きゅうりのゆかり和え(平成28年8月22日夕食)
<レーン> 1~3 :東京都内患者由来株 4 :食品由来株(東京都) 5~7 :千葉県内患者由来株 8 :食品由来株(千葉県) 9~13:東京都内患者由来株 M :サイズマーカー O157:H7(VT1+VT2産生) |
図1. 高齢者施設関連O157 集団感染事例(平成28年8月)のPFGEパターン
表3. ヒト由来腸管出血性大腸菌の血清群と毒素型(平成29年、東京都)
<レーン> 1~4:散発患者由来株 M :サイズマーカー O157:H7(VT2産生) |
図2. 腸管出血性大腸菌O157 散発患者由来のPFGEパターン(平成29年8月)