東京都健康安全研究センター
東京都におけるA型肝炎流行の解析について(2018年)

1.はじめに

 A型肝炎はA型肝炎ウイルス(HAV)の感染によって引き起こされる急性肝炎で、その潜伏期は約1か月と長い。患者の糞便中に排泄されたHAVは経口感染で伝播するため、患者の発生はその地域の衛生状態に影響されやすい。日本では生活衛生環境の向上に伴い、大規模な集団発生は稀であり、国外感染疑い例を含めて現在年間100例以上の報告がある。しかし、2018年は第24週時点での報告数が417例と例年より著しく増加したことから、厚生労働省よりA型肝炎患者報告数の増加に伴う注意喚起が出された1)
 東京都において患者報告数は例年20例から60例ほどで推移していたが、2018年は第14週時点で前年の報告数(66例)を上回り、最終的に年間で400例を超え、2003年に四類感染症として分類されて以来最多となった。
 東京都健康安全研究センター(以下センター)では食中毒検査または積極的疫学調査として、疑い例または発生届が提出された患者検体を検査し、HAVの検出を行っている。そこで2018年の流行の実態について、センターへ搬入され遺伝子検査によりHAV陽性となった患者検体319例の分子疫学的解析から得られた情報を報告する。

 

2.疫学情報

 発生届が提出されセンターへ搬入されたHAV陽性患者検体数は、報告月でみると、2月以降急激に増加し、5月から7月にかけてピークとなり、その後緩やかに減少したが、前年と比較し大幅に増加した(図1)。
 推定感染地は国内275例(86.2%)、国外11例(3.4%)、不明(疫学情報から国内外を特定できない例を含む)33例(10.3%)であった。例年、国外感染疑い例は2割以上を占めているが、2018年は国内感染疑い例が非常に多く、その割合は減少した。推定感染経路は、性的接触170例(53.2%)、食品等による経口感染79例(24.8%)、性的接触または食品等による経口感染25例(7.8%)、その他2例(0.6%)、不明43例(13.5%)であった(図2)。性的接触の内訳は同性間168例(86.2%)、異性間12例(6.1%)、両性間4例(2.1%)、不明11例(5.6%)であった。男女別でみると、男性304例(95.3%)、女性15例(4.7%)であり、特に20~40代男性が全体の8割を占めた。

 

3.分子系統樹解析

 HAVは遺伝子型によってIからⅥに分類される。そのうち遺伝子型IからⅢがヒトに感染し、それぞれサブタイプAとBに亜分類される。遺伝子検査により、HAV陽性となった319例について系統樹解析を実施した結果、遺伝子型の内訳はIAが317例(99.4%)、IBが1例(0.3%)、IIIAが1例(0.3%)であった。さらにIAの317例中309例の配列は、近年台湾やヨーロッパの男性同性間性的接触者の間で流行したRIVM-HAV16-090株2)と同じクラスターに分類された(図3)。また、3例は輸入冷凍アサリとの関連が指摘されている2017年流行株と同じクラスターに分類された。東京都が独自で実施している分類では、前者はS13、後者はS9である3)
 以上の結果から、2018年のA型肝炎流行の実態は、都内同性間性的接触者を中心とした同一株の流行であったことが明らかとなった。RIVM-HAV16-090株の属する系統は、2012年以降にセンターで得られたHAVの塩基配列データによると、2016年に初めて台湾渡航中に同性間性的接触歴のある患者から検出された4)。その後、台湾渡航歴という共通の疫学情報を持つ患者からの検出が続き、2017年以降は同性間性的接触歴がある国内感染疑い患者からの検出が増加、そして2018年以降の流行へと続いている。これらのことから、今回の流行の主流となっているHAVは国外から流入し、都内に広がった可能性が考えられた。
 A型肝炎の感染経路はHAVに汚染された飲食物の摂取や性的接触、静注薬物濫用などである。国内では汚染された飲食物の摂取により感染する印象が強く、欧米に比べ性感染症(STD)としての認識は低い。都内におけるA型肝炎の推定感染経路もこれまでは飲食物を介した経口感染が半分以上を占めていた。一方、oral-anal-contactなどによる性的接触はHAV感染のリスクを高め、この様な疫学的背景をもつ人々の間でのA型肝炎の流行は1970年代以降、世界中で度々確認されている。日本でも1998年から1999年にかけての流行が報告されており、今回、20年ぶりに同様の流行が確認されたといえる。
 日本の生活衛生環境が向上し、国内患者数の激減により、国民の大半がHAVに対する抗体を持っていない現状において、A型肝炎流行の危険性は増大している。分子疫学的解析は、潜伏期間が長いA型肝炎の感染経路推定等に対して非常に重要なツールである。今後も引き続きHAV遺伝子の動向把握と検査データの収集および流行株の解析等に取り組み、発生予防・感染拡大防止につなげていく必要がある。

 

参考文献
1)A型肝炎患者の報告数増加に伴う注意喚起について(協力依頼)
 健感発0718第2号 平成30年7月18日付(厚生労働省健康局結核感染症課長)
 a.都道府県、保健所設置市、特別区 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou19/index.html
2) 2018年A型肝炎流行状況(2018年11月5日更新)
 https://www.niid.go.jp/niid/images/vir2/HAV/HAV2HP181105.pdf
3) 新開 敬行 他:東京健安研セ年報, 54, 36-39, 2003
4) 小田 真悠子 他:食衛誌, 59, 257-264, 2018

 

(ウイルス研究科 小田真悠子)

 

 

 

図1 

図1 都内医療機関から報告およびセンターに搬入されたA型肝炎患者検体からの

HAV検出状況(2017~2018年)

  

 図2

図2 都内A型肝炎患者(HAV陽性)の推定感染経路(2018年)

 

 

図3 

図3 都内で検出されたHAVのVP1/2Aを含む領域における分子系統樹解析(2018年)

 


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