1.はじめに
デング熱は、デングウイルスを保有する蚊によって媒介される急性熱性感染症である。世界的には、主に熱帯および亜熱帯地域で流行が確認されており、年間約1億人が臨床症状を発現しているとみられている1)。国内では、これら流行地のうち、主にアジア地域からの輸入症例が継続して報告されている状況にある2)。また、2014年には、都内の公園を中心として約70年ぶりにデングウイルスによる国内感染症例が発生し、国内で162名(うち都内で108名)の患者が報告されるに至った2,3)。これを受け、厚生労働省は、「蚊媒介感染症に関する特定感染症予防指針」を2015年に定め、平常時や国内感染症例発生時の対策のあり方を示した。一部改正後の同指針では、デング熱とともに、チクングニア熱およびジカウイルス感染症が、重点的に対策を講じる必要のある蚊媒介感染症として位置付けられている。これら2疾患は、デング熱と同様に蚊によって媒介される。
東京都では、国内での蚊媒介感染症の発生を迅速に感知するため、平常時から都内生息蚊のウイルスの保有状況を継続的に調査している。2014年の国内感染症例発生時には、都内で捕集された蚊からデングウイルスが検出されたが、2015年においては蚊からのウイルス検出は認められず、さらに国内感染による患者も確認されなかった4)。今回、東京都における2016~2018年の蚊媒介ウイルスの検出状況について報告する。
2.ウイルス検出状況
(1)都内生息蚊サーベイランス
東京都では、広域サーベイランスおよび重点サーベイランスにより、計25施設・66定点で蚊のウイルス保有状況等を調査している。当サーベイランスにより捕集された蚊個体数は、2016年(成虫8556匹、幼虫402匹)、2017年(成虫5138匹、幼虫473匹)、2018年(成虫6904匹、幼虫551匹)であった。ウイルス検査は、最大30匹(幼虫は最大15匹)ごとにプールしたものを検査材料とし、デングウイルス、チクングニアウイルス、ジカウイルスおよびウエストナイルウイルスを対象としてリアルタイムPCR法により実施した。検査の結果、2016年~2018年において捕集された蚊からは、いずれのウイルスも検出されなかった。
(2)蚊媒介ウイルス疾患患者
デング熱、チクングニア熱およびジカウイルス感染症(疑い例を含む)については、感染症法に基づく積極的疫学調査が実施されている。2016~2018年には、検体として計461件(2016年217件、2017年163件、2018年81件)の血液および尿が、東京都健康安全研究センターに搬入された(尿はジカウイルスのみが検査対象)。ウイルス検査は、リアルタイムPCR法により行った。ただし、デング熱疑い例(医療機関においてデングウイルスNS1抗原検査未実施)の検体に対しては、リアルタイムPCR検査に加えて、デングウイルスNS1抗原検査を実施し、少なくとも一方で陽性が確認された場合に、デングウイルス陽性と判定した。
各ウイルスの検出状況を年ごとに示した(表1)。デングウイルスの陽性例は、3年間で計106例(年間24~47例)であった。デングウイルスには1~4型の血清型が存在するが、2018年を除き、全ての血清型が検出された。これら陽性例は、いずれも海外渡航歴があり、全て輸入症例であると推定された。渡航先は、104例(98%)がアジア地域であり、特にフィリピン、インドネシア、タイ、ベトナムなどの東南アジアが多かった。
チクングニアウイルスおよびジカウイルスについては、2016年~2017年にかけて、それぞれ2例および3例の陽性例が確認された。そのうち、ジカウイルスは、1例が尿および血清、2例が尿のみから検出された。これら陽性例は、全て海外渡航歴があった。渡航先は、チクングニアウイルス陽性例がインド(2例)、ジカウイルス陽性例がベトナム(2例)およびドミニカ共和国(1例)であった。
3.デングウイルスの遺伝子解析
患者検体から検出されたデングウイルスについて、ダイレクトシーケンス法により、エンベロープ領域の塩基配列(約1.5kb)を決定し、分子系統樹解析を行った。ここでは、デングウイルス1型について、エンベロープ領域全長の塩基配列が得られた21株による分子系統樹を示した(図1)。2014年の国内感染事例においては、複数の患者由来株が単一のクラスターを形成し、エンベロープ領域における変異は、初発患者由来株に対して1塩基以下であったことが報告されている5,6)。今回検出された株については、国内でのデングウイルスの伝播を強く示唆するようなクラスターは確認されず、いずれの陽性例にも渡航歴があったという前述の疫学情報と整合していた。他の血清型においても同様であった。
4.おわりに
国内では、蚊媒介ウイルス感染症の輸入症例が毎年報告されているとともに、これら感染症の媒介蚊が夏季を中心に活動している。そのため、輸入症例を契機として、国内感染が再び発生する可能性は否定できない。国内での感染拡大を未然に防止するためには、国内感染症例の発生を迅速に感知することにより、早期の対策につなげていくことが重要である。東京2020大会に向けた対策としても、引き続き、都内生息蚊および蚊媒介ウイルス疾患患者の発生動向を監視していく必要がある。
文献
1) World Health Organization: Dengue and severe dengue, WHO Fact Sheet, 13 September 2018
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/dengue-and-severe-dengue
2) 国立感染症研究所感染症疫学センター: 病原微生物検出情報, 36, 33-34, 2015
3) 関 なおみ: 病原微生物検出情報, 36, 37-38, 2015
4) 齊木 大: 東京都健康安全研究センター年報, 67, 27-35, 2016
5) Tajima S., et al.: Jpn. J. Infect., 70, 45-49, 2017
6) 齊木 大: 東京都健康安全研究センター年報, 68, 55-59, 2017
(ウイルス研究科 内田 悠太)
表1.患者検体における各ウイルスの陽性例数(2016‐2018年, 東京)
図1 東京都におけるデングウイルス1型の分子系統樹解析結果