病原体レファレンス事業は、都内で発生する感染症の病原体等を積極的に収集し、病原体の性状や遺伝子を比較・解析することにより流行型の血清型や薬剤耐性、遺伝子変異等を把握し監視していくことを目的としている。
本事業では、医療機関や保健所等の協力により主として感染症法では収集体制が確保されていない病原体の収集と、積極的疫学調査で実施した麻しん検査における陰性検体の類症鑑別診断等を実施している。
1.協力医療機関から収集した病原体の解析
医療機関等の協力により、カンピロバクター、大腸菌、エルシニア、レンサ球菌、黄色ブドウ球菌、髄膜炎菌等を収集している。平成30年度に都立病院及び都保健医療公社病院から送付された病原体(菌株)は、表1のとおりである。また、各病原体の種類・解析結果は以下のとおりである。
1)カンピロバクター
カンピロバクター属菌として送付された菌株は118株で、その内訳はCampylobacter jejuni 110株(93.2%)、C. coli 8株(6.8%)であった。118株中116株(98.3%)は糞便由来、C. jejuni 2株は血液由来であった。
C. jejuni の血清型は、型別不能の65株を除き14種類に型別された(型別率40.9% )。検出頻度の高い血清型は、O群: 15株(13.6%)、D群: 10株(9.1%)、G群: 5株(4.5%)、C群: 4株(3.6 %)、B群: 3株(2.7 %)であった(表2)。例年と比較して平成30年度分離株はO群が多いことが特徴的であった。
2)大腸菌
下痢症患者由来の大腸菌は389株搬入された。これら大腸菌を対象にベロ毒素産生性、エンテロトキシン産生性および侵入性遺伝子の保有について検査を実施した。その結果,毒素原性大腸菌(ETEC)が20株(5.2%)、組織侵入性大腸菌(EIEC)が1株(0.3%)であった。ETECは血清型および毒素型により8種類に分類された(表3)。最も多く検出されたO血清群はO169(6株)で、次いでO6およびO159(各3株),O25およびO167(各2株)であった。ETECが検出された患者のうち、O167およびO169が検出された2名を除き海外渡航歴が認められた。推定感染地はインド、フィリピン、カンボジア等であった。
3)サルモネラ
サルモネラは42株搬入され、17種類の血清型に分類された。最も多い血清型はO9群Enteritidisで8株、次いでO4群(i:-)が7株、O4群Typhimuriumが6株、O8群BovismorbificansおよびO8群Newportが各3株等であった(表4)。
海外での感染が推定されたのはO4群Typhimurium(アメリカ)、O7群Montevideo(タイ)、O8群Bovismorbificans(ネパール)、O9群Enteritidis(香港)、O13群Grumpensis(モルジブ)、O3,10群Anatum(フィリピン)であった。
搬入された株についてアンピシリン(ABPC)、セフォタキシム(CTX)、ゲンタマイシン(GM)、カナマイシン(KM)、ストレプトマイシン(SM)、テトラサイクリン(TC)、クロラムフェニコール(CP)、ST合剤(ST)、ナリジクス酸(NA)、シプロフロキサシン(CPFX)、ノルフロキサシン(NFLX)、オフロキサシン(OFLX)、ホスホマイシン(FOM)を用いた薬剤感受性試験を実施した。その結果、いずれか1剤以上に耐性を示した株は18株(42.9%)であった(表5)。
4)エルシニア
Yersinia属菌は4株搬入され,全てY. enterocoliticaであった。Y. enterocoliticaの血清型はO8群が3株、O3群が1株であった。推定感染地は、国内が1株、不明が3株であった。
5)レンサ球菌
レンサ球菌は33株搬入され、その内訳はA群が10株、B群が10株、C群が1株、G群が11株(表6)、肺炎球菌が1株であった。
A群レンサ球菌はすべてStreptococcus pyogenesであり、そのT血清型は1型が2株、6型2株、B3264型が2株、25型が1株、28型が3株であった。
B群レンサ球菌 (S. agalactiae )10株の血清型は、Ia型、Ib型及びⅡ型が各1株、Ⅲ型及びⅤ型が各2株、Ⅵ型が3株であった。またC群レンサ球菌1株及びG群レンサ球菌11株は、全てS. dysgalactiae subsp. equisimilisであった。
肺炎患者由来肺炎球菌1株の血清型は、6C型であった。
6)黄色ブドウ球菌
黄色ブドウ球菌については42株搬入され(表7)、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は40株、メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)は2株であった。
MRSAのコアグラーゼ型(コ型)はⅢ型が最も多く16株、次いでⅦ型15株等であった。毒素産生株はSEA単独産生株が9株で最も多く、そのうちの8株がコ型:Ⅶ型であった。次いで多かったのはSEC+TSST-1産生株7株であり、そのうち4株のコ型は、Ⅲ型であった。
MSSAは2株であり、その型はいずれもコ型Ⅶ型で毒素非産生株であった。
7)髄膜炎菌
髄膜炎菌は、2株搬入されPCR法による血清型別を実施した結果、全て型別不能であった。
8)その他
ジフテリア菌疑いの毒素検査1株、薬剤耐性遺伝子検査依頼32株、インフルエンザ菌の型別検査4株、その他同定検査依頼が29株搬入された。
2.麻しん・風しんウイルス検査(積極的疫学調査)陰性例における他のウイルス検査
積極的疫学調査として、都内届出症例に対し、平成22年12月から麻しんウイルス検査を、平成30年4月からは風しん検査を行っており、現在、麻しん・風しん全症例に対して麻しん・風しんウイルス検査を同時に行っている。本事業では麻しん・風しんウイルス陰性例を対象に発疹症起因ウイルスの類症鑑別検査(ヒトパルボウイルス、2歳以下についてはヒトヘルペスウイルス検査を追加)を実施した。591件の陰性検体について類症鑑別検査を行った結果、ヒトパルボウイルスB19が80検体、ヒトヘルペスウイルス6型が19検体、同ウイルス7型が1検体から検出された。
食品微生物研究科 小西典子、赤瀬 悟
病原細菌研究科 奥野ルミ
ウイルス研究科 長谷川道弥
表1.対象病原体(平成30年4月~平成31年3月)
1) 腸管出血性大腸菌を除く
2) 劇症型溶血性レンサ球菌を除く
3) 感染症由来株を除く
4) 髄膜炎由来株を除く
表2.C. jejuni の血清型 (Penner法)
UT:型別不能
表3.毒素原性大腸菌の血清型
OUT:血清型別不能
表4.サルモネラの血清型
表5.薬剤耐性を示したサルモネラの血清型と薬剤耐性パターン
表6.溶血性レンサ球菌の群別及び菌種名
表7.黄色ブドウ球菌のコアグラーゼ型及び毒素産生性
1) SE : staphylococcal enterotoxin
2) TSST : toxic shock syndrom toxin