1.はじめに
麻しんは、全身の発疹や高熱などの症状を特徴とするウイルス感染症である。我が国では、2007年に告示された「麻しんに関する特定感染症予防指針」に基づき、麻しん排除の達成を目的とした対応がなされ、2015年に世界保健機関(WHO)から「麻しん排除国」の認定を受けている。排除達成に必要な要件として、①土着のウイルス株が36か月以上にわたって当該地域で伝播していないことが示されること、②麻しん患者発生を監視する確実なサーベイランスにより麻しん排除の確認が容易であること、③ウイルス遺伝子型の解析により土着の麻しんウイルス株伝播が起こっていないと示せること、の3つがあげられている。
一方、風しんは急性の発疹性感染症であり、風しんに対する免疫が不十分な妊婦(20週頃まで)が感染した場合、生まれてくる子どもに先天性風しん症候群がみられる場合がある。麻しんと同様に国が「風しんに関する特定予防指針」を告示し、2020年度までの排除達成を目標としている。
これらを受け、全数把握疾患となった麻しん及び風しんを積極的疫学調査として、それぞれのウイルス検出と遺伝子解析を実施している。本稿では2018年度における都内の麻しん及び風しんウイルスの検出状況について概説する。
2.2018年度の検体搬入状況
積極的疫学調査として当センターに搬入された麻しん及び風しん検体は咽頭ぬぐい液1,266件、尿157件の計1,423件であった。
3.麻しん及び風しんウイルス(遺伝子)検出状況
麻しんウイルス遺伝子は、咽頭ぬぐい液61件(4.8%)、尿9件(5.7%)から検出され、その結果、2018年度の都内での麻しんウイルス検出は63例であった(表1)。一方、風しんウイルス遺伝子は咽頭ぬぐい液714件(56.4%)、尿51件(32.5%)から検出され、2018年度の都内での風しんウイルス検出は692例であった(表1)。
それぞれの患者を男女別・年齢別に見ると、麻しんでは男性36例、女性27例と性別による検出状況に大きな差はみられなかったが、風しんでは男性566例(81.8%)と大きな割合を占めており、性別により検出状況に大きな差がみられた。中でも風しんウイルスが検出された男性は20歳代が85例、30歳代が158例、40歳代が219例、50歳代が73例で、30-40歳代が66.6%を占めた。一方、風しんウイルスが検出された女性は126例(18.2%)であったが、20歳台が39例、30歳台が48例、40歳台が10例、50歳台が8例で、20-30歳台が69.0%を占めた(図1)。
4.麻しん及び風しんウイルスの塩基配列解析
麻しん及び風しんとも多くは散発的な発生であったが、家族や同僚などでそれぞれのウイルス伝播が推定された小規模な集団事例も見受けられた。麻しんウイルスの遺伝子型はD8型が50例(79.4%)と多くを占め、他にB3型、H1型、A型が検出された(表2)。2018年度は春に沖縄で大規模な麻しんの流行がみられたが1)、都内でもこれに関連した患者から麻しんウイルスD8型が検出された。また、その他で検出されたD8型も近縁(450bpの解析結果)であった(図2)。ただし、同一の塩基配列をもつ麻しんウイルスは今回の流行以前に大阪府からデータベースに登録されており(Osaka.JPN/12.18株:LC379170.1)、検出された患者もタイ、ベトナム、ミャンマーなどの主として東南アジア諸国への渡航歴がある例が多いことから、麻しんウイルスの由来はそれら常在地域からの散発的な侵入が予測された。B3型麻しんウイルスはフィリピンへの渡航歴、あるいはフィリピン人との接触歴がある例から検出されたが、1例はアメリカや中国など広範囲で検出されている株と型別に用いた領域の塩基配列が同一であった。
一方、風しんウイルスの遺伝子型は1E型が688例(99.4%)と多くを占め、他に2B型、1a型が検出された(表3)。風しんウイルス遺伝子は765件から検出されたが、型別に関する塩基配列が得られたものは692件であった。国立感染症研究所の病原体検出マニュアルに記載された型別に用いる739bpの塩基配列が得られた1E型の風しんウイルス594件は1件をのぞきほぼ同一の塩基配列であり、2018年夏以降の風しんの流行はほぼ同一のウイルスに起因していると考えられた。
5.おわりに
2019年度に入っても、なお風しんウイルスの検出は継続しており、流行の終息にはまだ至っていない状況である。今後も麻しんの排除認定の維持に加え、将来的な風しんの排除認定に向け、正確な検出による流行状況の把握、検出ウイルスの解析による疫学的なエビデンスの蓄積など検査を実施するのみでなく、情報収集の継続と情報提供を図る必要があると思われる。
引用文献
1) 沖縄県における麻しんアウトブレイク-検査対応と得られた知見. IASR (40); 54-55: 2019
(ウイルス研究科 森 功次)
表1.麻しんおよび風しんウイルス遺伝子検出状況(東京都、2018年度)
図1.東京都における風しんウイルス検出状況(年齢階層別、性別:2018年度)
表2.麻しんウイルスの遺伝子型(東京都、2018年度)
図2.東京都において検出された麻しんウイルスの塩基配列の分布
(N遺伝子領域における系統樹、2018年度)
表3.風しんウイルスの遺伝子型(東京都、2018年度)